私は心の正常、異常ということについて、精神療法という臨床を通して研究を深めてきたつもりである。私自身、正常であるのか? と自問自答してみるも、正常である確証は持てない、いやそれどころか、少し異常性を疑う感もある。故に一応、正常だと言えるのだろうか? というのも精神疾患をもっている人たちというのは、必ずといっていいほど 自分は完璧に正常だ! 」 と皆確信している。これは例にもれずそうである。

私は精神疾患をもっている人たちの苦しみはすべて偽りであるということを理解している。精神病患者らは、単に悪夢に苦しんでいるにすぎないことを私は理解している。患者らの苦しみは決して真実のものではないということを、患者らが単なるヒモを蛇だと思って恐れているにすぎないことを私は知っている。そして、そういう人々を助けることは、精神病理学や臨床心理学において非常に難しいのが現実であることも知っている。

精神疾患においては、精神病理学における対処療法など実に馬鹿げたものだ。そして、精神病患者らが真に助けを必要としていることも私は知っている。それは私が自分自身の過去を知っているからであり、私も過って震え、泣き、叫んでいた。私は自分がどんなに苦しみを味わってきたかを知っている。でも今は、苦はすべて夢のようなものだということを今や私は理解している。それは「幻」、幻影でしかなかった。精神病患者というのはいつも馬鹿なことを言っているが、本当の疾患などないのだと言うことを真に知っている私ならば、どのように対処できるだろう・・・・・・。

六年ほど前になるが、知人の精神科医が三十代のひとりの男、S氏を私のところに連れてきたことがあった。SEを職業とするS氏はどういうわけか、 ハエが二匹おなかの中へ入ってしまった。そうなったのは自分が口を開けて寝ていたからであり、そしてそのハエはおなかの中を飛び回っているという考えにとりつかれていた。

当然、ハエが入ったのだったら、それは飛び回るに違いない。S氏はたえず心配して、一定の姿勢で坐ることができず、あっちこっちに動こうとしていて 奴らはこっちへ来た! 今度はそっちだ! 」 と言うのだった。S氏はもう気も狂わんばかりであった。そこでS氏は医者という医者のところに行ってみた。だが、どの医者もS氏の助けになることはなかった、医者たちはみな笑ってこう言った 君は空想しているだけだと。

だがS氏に、あなたは苦しみを空想している、と言うだけでは大して役には立たない、なぜならS氏は現に苦しんでいるからだ。医者たちにとっては空想かも知れないが、S氏にとってはその苦しみが空想であろうが現実であろうが何の違いもない。いずれにしても苦しんでいることに変わりはない。医者がそれを何と呼ぼうと、まったくもって違いはない。挙句の果てに心理療法家のところにたどり着いたS氏を待っていたのは例のカウンセリングだった。飛び回っているハエについてS氏は訴えつづけた。が、カウンセラーは、ただ聞くことだけにとどまり、ハエは相変わらず飛び回っている。 またゲシュタルト療法では一人二役を演じさせられ、ハエの気持ちになって対話せよと言う、いわゆるエンプティチェアーテクニックだ。しかしながらハエはぶんぶん飛び回って聞く耳を持たない、もうそれどころではない。S氏は叫ぶ、 ハエ退治の専門家はいないのか! もういい加減にしてくれ! 」 と言い放つのだった。

そんなとき、知人の精神科医から私に〝自称ハエ退治の専門家〟として、あるクライエントをワークしてもらえないだろうか、という話が飛び込んできた。そしてハエ退治の専門家としてS氏に紹介された私は早速、S氏にハエの飛び回る様子を確認したいからといって施術ベッドに横になってもらう。

S 氏のおなかに手をあてた私は ふむ、ここにハエがいると言った。S氏は非常に喜んだ、S氏は私の足にひれ伏してこう言った。あなただけです、私はいろんな医者たちのところへ行ってきました、西洋医学や逆症療法や同種療法の医者たちのところへ。彼らはみんなバカです、彼らはひとつのことを繰り返し言い張っているだけなのです。私は彼らに言ってやりました 薬が無いのなら無いとあっさり言えばいいじゃないか、なぜ私が空想しているなんて言うのだ! でも、今はあなたがここにいます、本当にハエが見えますか? 」 私は言った、 完全に見えますとも、ハエはそこにいる、私はハエを専門に扱っているさらに私は言う、あなたは然るべき人のところへ来た、これこそ私の仕事のすべてだ、私はこういうカラダの中に入ったハエを処理する専門家だ

こうして私とS氏の信頼関係は構築された。そうしていよいよ臨床に入る、 そのまま横になったままでいいから目を閉じて、そしてあなたに目隠しをしなければならない、それからハエを取り出してあげることができる、そう、口を開けたままにして、そうすれば私がハエを呼び出してあげよう、これにはマル秘テクニックが必要だ! 」。 S氏はたいそう幸せだった、S氏は こうでなくちゃと言った。私はS氏にアイマスクをして、口を開けるように言った。S氏は口を開けてハエが出るのを待ちながら、実に幸せそうに施術ベッドに横たわっていた。そこで私はハエを二匹みつけるために、近所のゴミステーションに駆け込んだ。ごみ袋の上が開いているのがあり、その中に数匹のハエが入っていた、すかさずゴミ袋の上を閉じてハエを閉じ込めようとするのだが、それは難しかった。が、どうにかこうにか捕まえることができた。そして空きびんに捕まえたハエ二匹を放り込んだ。

そしてその空きびんをS氏の口元に近づけて、S氏の右の肋骨を平手で叩いた。 バシッ!! これには理由がある。精神的な異状というのは、大体において肝臓や腎臓のいわば毒であるから、この場合、肝臓部分にあたる右肋骨を平手で叩いて肝臓に刺激を与え、また、ハエを追い出そうという演出も同時に試みたのであった。そして緩んでいる空きびんの蓋を閉める音を出した! ギュッ!! そこで私の一声! そら! 捕まえた!! 」 S氏はアイマスクをとると、びんの中に二匹のハエがいるのを見て言った、 さあ、そのびんを私にください、あのバカ者どものところに行ってきます。 こうしてS氏はすっかり元気になって職場に戻ることができた、ほんのちょっとしたきっかけが必要だっただけである。 このS氏であるが、現在に至っても、日常生活に支障はなく、間に合う程度に、ほぼ正常に暮らしていると聞く。

何故、このようなことが可能になるのか? これにはまず理解しなければならないことがある。少し想像してもらいたい。 ある丘の上に大きな窓のある一軒の家が建っていた。その日はとても天気がよく、窓をいっぱいに開けて外の風を家の中に通していた、とても気持ちがいい。そのとき、その開いた窓から一羽の山鳩が迷い込んできた。さあ大変だ! 山鳩は慌てて外へ出ようとするのだが、窓ガラスに何度もぶつかって思うように外へ出られない。そのときの山鳩はきっと、自分を見失っていたに違いない。それを見ていたこの家の主人は、両手を叩いて大きな音を出した! パチン!! その音で、ハッと我に返った山鳩は冷静になって、的確な判断ができ、外へと通じている、その開いた窓から無事に脱出することができた。そう、ほんのちょっとしたきっかけが山鳩には必要だった。

私も、S氏に対して、丘の上にある家の主人と同じことを試みたにすぎない。ここで云う山鳩はおなかの中でブンブン飛びまわっているハエであり、またその悩みを訴えつづけるS氏自身でもあるのだ。

精神病理学ではこういう人たちを助けるのはとても難しい、非常に難しい、というのも、医者はこのような患者の困難はすべて偽りだと知っているからだ。しかし、ハエがおなかの中に入ってブンブン飛びまわることの、いったいどこがいけないのか。誰かが幽霊を見た、あるいはUFOを見たと云って騒いでいることと、さほどの違いはない。いや、ひょっとすると実際におなかの中でブンブン飛び回っていたのかも知れない? 頭ごなしにそんなことはあり得ないと、否定するだけでは何ら助けになるものではない。それよりも施術者自身、ハエがおなかの中に入った患者の気もちになってみれば、容易くそれを肯定することができるものだ、本当にハエの気持ちも分かるかも知れない? このように対応することで解決策はおのずと見えてくるはずである。

精神疾患に際しては、治す人と治される人といった上下の関係性では解決し得ないしろものだ。また精神病理学や臨床心理学においても永遠に解明され得ない分野である。なぜなら精神疾患の中身について、それらの臨床では論理的根拠が見いだせないからだ。そして精神疾患の治療に関して、ハウツーは絶対的に存在しない! 精神病患者には医学という学問の知識で反応するのではなく、患者と同じ目線、同じ仲間になって対応しなければ波長が合わないということを精神科医や心理療法家も知るべきであろう。うすっぺらな病理学のプライドを振りかざすのは、もう大概にしてもらいたいものだ。

ある人は私のやっていることを詐欺行為だと言うかも知れないが、私にとってはそうではない、それは治療のための最高の演出であり、詐欺師と呼ばれようとも、療術家としては、まぎれもない最適の処方だと信じて止まない。